ポストコロナ時代の海外事業展開|前編
是枝 邦洋
株式会社コーポレイトディレクション
マネージングディレクター (Asia Business Unit担当)
京都大学総合人間学部卒。同大学大学院人間・環境学研究
科修士課程修了。共生文明学修士(文化人類学専攻)。
析道(上海)管理咨询有限公司董事長総経理。
■CDIの中国ビジネスの始動と成長の背景
永松 :
CDIの海外事業展開について、中国ビジネスの立ち上げとその背景について教えてください。
是枝:
2000年代半ば頃、社内の若手有志を中心に「今後日本企業を支援するためには、中国に拠点が必要ではないか」という意見が出ました。そこからが特徴的なのですが、彼らは自らクライアントを開拓し、売上を立て、法人を立ち上げるところまで漕ぎついたのです。非常にボトムアップな流れでスタートしました。
永松:
トップダウンで始まったわけではなかったのですね。
是枝:
はい。ただ、その後はリーマン・ショックや東日本大震災、尖閣諸島問題など、日中間関係や日本経済に対しネガティブな出来事が続きました。それにより日本企業の中国投資が一気に落ち込み、コンサルティング需要も併せて縮小しました。
永松:
確かに、日本全体で厳しい状況でしたね 。
是枝:
そのため、ほとんどの日系コンサルティングファームが中国事務所を閉鎖し撤退しました。我々も非常に苦しい時期を経験しましたが、今後、日本の経済面におけるプレゼンスが世界の中で下がる一方で、中国経済は拡大し、更にはASEANやインドなどアジア全体の経済圏が成長していくだろうと確信していました。そのため、困難な時期でも前進することができました。
■人口減少と経済の成熟期を迎えた中国
永松:
そして次はコロナのパンデミックが襲いました。
是枝 :
コロナが世界的に広がり、多くの企業が再び撤退や事業縮小を決断しましたが、一部の日本企業にとって中国市場は無視できない規模に成長していました。危機に直面しても進み続ける企業の皆様を支援できたことで、我々の海外事業、特に中国事業は拡大を続けることができました。
永松:
中国の人口減少と経済の成熟期に入ったことで、今後の中国市場には懸念があると言われていますが、どのようにお考えですか?
是枝:
人口増加の頭打ちと経済の成熟期突入が懸念されていましたが、コロナが業績悪化の主因として使われてしまい、本質的な問題が隠れてしまったように感じます。コロナが収束したことで、再び人口減少と成熟した経済の現実に直面する企業が多いと考えています。
永松:
コロナはちょうどよい言い訳となったのですね。
是枝:
そうですね。コロナを言い訳にした状況が3年ほど続きましたが、急激にコロナが明け、改めて人口減と成熟した中国経済の現実が目の前に突き付けられ、多くの企業がその現実に追いつけていない状況だと思います。
永松:
中国の経済停滞はどのように感じられますか?
是枝:
今年の618セールがその良い例です。例えば、化粧品の売上が前年比を下回る等、往時の勢いは失われました。更に、そのような時代では売上ではなく利益が大切である、と号令をかけても、中国の従業員は緻密なコストコントロールのやり方を十分に理解していない状況であり、大変難しい状況にあると言えます。
*1) JDドット・コム総設備の6月18日にちなんで名づけられた11月の「独身の日」セールに次ぐ大型セール。
永松:
なるほど。
是枝 :
ただ、中国の経済成長率が下がったとしても、依然として日本よりは成長しています。中国の市場規模は依然として巨大ですし、インバウンドも戻りつつあります。
永松 :
人口減が始まったとはいえ、14億人いますからね。
是枝:
そうですね。まだまだ重要な市場と言えます。
■次なる成長市場インド
永松 :
一方で、アフターチャイナとして注目されている国はどこでしょうか?
是枝 :
やはりインドですね。例えば、グローバル展開が進んでいる企業として、ユニ・チャームやファーストリテイリング、資生堂、セブンイレブンなどがここ1~2年でインドに主力ブランドを投入したり、1号店を出店したりしています。もちろん、全てが順調なわけではありませんが。
永松:
次なる市場のポイントは何でしょうか。
是枝:
我々もフィージビリティスタディを多数支援していますが、長い目で見れば結局は人口の大きい国の優先度は動きません。つまり、中国とインドで石にかじりついてでも成功まで耐え抜けるか否か、がポイントとなります。
■中国とインドのビジネス環境の違い
永松 :
中国とインドは同じぐらいの人口を抱えていますが、両者の違いは何ですか?
是枝 :
中国は、省別に見て多少は規制に違いがあるものの、大都市は計画的に設計されており、基本的に一貫したビジネスモデルで展開できる場合が多いです。それに対し、インドは州ごとに規制も大きく異なる場合もあり、ビジネスモデルも調整が必要になる場合があります。ただ、以前は州別に税制まで異なっていましたが、さすがにそこはモディ政権になって以降是正されました。徐々にビジネス環境は改善される可能性が高いです。
永松:
なるほど。
是枝:
また、インドの第二次産業がなかなか成長しないことも、中国とは大きく異なります。インドでは第一次産業は盛んであり、また第三次産業はITを中心に成長しているものの、第二次産業はまだ比率は大きくありません。
第二次産業が拡大することで、工場労働者が安定的な収入を獲得し、消費市場も拡大していくという流れが新興国の成長パターンの一つですが、インドではそれが起きていないため、消費市場がなかなか拡大していかなかった。
「世界の工場」として日本企業を始め多くの外資企業の生産工場を受け入れた中国とは大きな違いです。ただし、先ほどお伝えしたように、日系のBtoC企業がインドに進出し始めているのを見ると、いよいよ消費市場も立ち上がりつつあるのかな、とも思います。
■成功するためのビジネス戦略
永松 :
インドが製造拠点として注目され始めたのは最近のことですよね。
是枝 :
そうですね。ただし、インド市場が本当にビジネスを行う場として立ち上がるかはまだ不透明です。加えて、モディ首相の“Make in India”政策のように、輸入製品に対する関税が引き上げ等、外資系企業にとっては難しい環境になりつつあります。
永松 :
厳しいですね。上手く対応している日本企業はあるのでしょうか。
是枝 :
スズキはかなり前からインド市場に取り組んでいますし、ダイキンは現地の空調関係の会社を買収することで工場を手に入れるという大胆な手法で事業展開を行っています。これらの企業は意思決定のレベルが極めて高い、と感じます。 というのも、中国であれば、日本企業は輸出やOEMで参入し、そこから段階を追って自社工場を立ち上げ事業拡大を図ることができました。しかし、インドの場合は”Make in India”政策の影響もあり、輸出でトライアルすることが困難なため、いきなり工場設立と言う大規模な投資から始めなくてはいけない場合が多いです。そこが中国と違う難しいところだと個人的には見ています。
■ASEAN市場の可能性と競争
永松 :
ASEAN市場についてはどうお考えですか?
是枝 :
ASEANという地域をひとかたまりで捉えれば、相応な経済規模になるのですが、逆に言えば、国ごとの市場規模はそこまで大きくありません。ASEAN一国と中国の一つの省の市場規模がほぼ同じレベル感になる場合が多いです。中国の人口減少や経済停滞を踏まえたとしても、依然として中国市場は非常に大きいです。
永松:
なるほど。中国市場に戻ってしまう理由はそこにあるのですね。
是枝 :
はい。ちなみに、2023年頃から中国企業が猛烈な勢いで海外展開を進めています。中国国内の競争が激化しているからです。その中で、特にASEANは、中国から距離的にも近く、また華僑も多数存在することから、中国企業が殺到している状態です。比較的サイズが小さいからこそ競争も緩やかでシェアも取れたのがASEANだったのですが、それも厳しい状況にあるように思います。いよいよ、経済成長だけでアジア各国への展開を検討する時代ではなくなったように感じます。
■海外子会社管理と経営企画部門の課題
永松 :
そのような背景がある中で、企業が海外展開を決断した場合、日本企業はどのように海外子会社を管理しているのでしょうか?利益や投資回収の視点で捉えているのでしょうか?
是枝 :
企業によりますが、投資回収を厳しく見ている企業は少ない印象です。多くの場合、PLで単年度の黒字か赤字かを見て判断しています。しかし、複数の事業を持っている企業では、現地法人の損益は必ずしもその事業の評価に適していないことがあり、管理会計における問題も多く見られます。
永松 :
事業の責任者とは別に、海外事業、例えば中国事業の全体を考える人材が必要ですね。
是枝 :
その通りです。特に中国では、総経理がトラブルシューティングの役割を果たすケースが多く、将来的なビジネス展開を考える余裕がないのが現状です。日本国内では企業の総合力を発揮することができても、中国ではそれが難しい企業が多いです。
永松 :
そのような企業には経営企画部門の設置が必要だということでしょうか?
是枝 :
はい。特に中国市場が成熟してきた現在では、経営企画部門の強化が求められています。これまでのやり方を見直し、新規市場の開拓やニッチ市場の発見に取り組む人材が必要です。コンサルティングファームを活用するのも一つの方法ですが、最終的には社内で対応できる体制を整えることが理想です。
聞き手:アクティベーションストラテジー㈱
代表取締役社長 マネージングディレクター / CEO 永松正大