ポストコロナ時代の海外事業展開|後編
是枝 邦洋
株式会社コーポレイトディレクション
マネージングディレクター (Asia Business Unit担当)
京都大学総合人間学部卒。同大学大学院人間・環境学研究
科修士課程修了。共生文明学修士(文化人類学専攻)。
析道(上海)管理咨询有限公司董事長総経理。
■日本企業の海外コスト管理の課題
永松:
日本企業の海外事業における課題についてもお聞きしたいのですが、特にコストコントロールに関して、海外子会社ではどのような状況でしょうか?
是枝:
大企業は経済の縮小を見越し、筋肉質な経営体制を目指してBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)に取り組んでいます。KPIを設定し、業務フローの改革に取り組んでいる企業も多いですが、浸透度合いには課題があります。
永松:
どのような課題があるのでしょうか?
是枝:
日本企業の場合、経営企画部門やIT部門がBPRの進捗管理を担いますが、海外子会社では現地社員への浸透が十分でないことが多いです。経営企画部門は日本人駐在員で構成されている場合が多く、現地の従業員とのコミュニケーションにばらつきが生じます。また、現地法人のIT部門は主にPC等の物品やシステム管理等の最低限の業務のみに留まっている場合も多く、そのため実際の行動変革が必要な際にはパワー不足になってしまうのが実情です。
永松:
日本国内では外資系企業はドラスティックに変革を進めるイメージがありますが、なぜ日本企業は海外でそれができないのでしょうか?
是枝:
外資系企業、特に欧米企業は変革を進める状況を作り出すのが上手です。やらなければ自分の評価が下がる、あるいは解雇されるという明確な動機づけが行われています。一方、日本企業ではそのようなプレッシャーを与えることが少なく、評価制度も曖昧なため、変革に対するモチベーションも高まらないのが現状です。
永松:
なるほど。
是枝:
特に日本企業はメンバーシップ型の雇用制度を採用しているため、事業を中止しても人材に対する対応は慎重であり、従業員を解雇することに対しても消極的です。現地社員もそのことを理解しているため、クビになることはほぼ無いだろうと考えています。
■BPRを進める上での障壁
永松:
日本企業がBPRを進める際、物流コストの削減などの物理的なコストは比較的簡単に効果が出やすいですが、人件費削減は難しいですね。当初10億円の効果を見込んでいたとしても、実際には1億円程度しか削減できないということが起こり得ます。
是枝:
その通りです。さらに言うと、BPRに取り組む際には業務の集約や効率化、アウトソーシングを行い、高付加価値業務に集中することが理想ですが、実際には人件費の削減や効率化が十分に達成できないことが多いです。特にコーポレート部門は縮小するだけで、高付加価値業務への進化が見られないケースが散見されます。
永松:
そうすると、日本企業が海外でBPRを進める際、日本と同じような取り組みであればうまくいくかもしれませんが、それ以上のことを行う際には課題が生じるのでしょうか?
是枝:
海外だから大きな障害があり、それゆえ課題が生まれる、といったことはないと思います。むしろ、海外の方がやりやすいことが多いはずです。例えば、大規模なレイオフを行っても、多少の不満が現場から出ることはありますが、それは仕方がないと理解されるはずです。日本企業も、海外では離職率が高く、従業員の在職期間も短いことを認識しているので、レイオフに関してはもっと積極的に選択肢に入れても良いと思いますが、意思決定に至る前の検討自体が避けられているように感じます。
永松:
それは、日本から送り込まれる人材の役割意識が欠如しているからでしょうか?
是枝:
そうですね。意識の部分もあるでしょうし、スキルも含めて海外に送り込まれる人材のミスマッチは多いと思います。例えば、日本企業においてリストラクチャリングを任されて派遣される先がアメリカだった場合、その社員は将来の役員候補と目される程の実力者である場合が多いですが、中国事業の場合、経験の乏しい課長レベルのスタッフが現地では部長や総経理に昇格する形で送り込まれるケースが多いです。このような人材を軸にBPRを進めようとしても、経験不足によるミスマッチでうまく進まないことがあります。
永松:
なるほど。
■ガバナンスと意思決定の現地化の重要性
是枝:
一方で、中国事業が順調な企業は、将来の本社社長候補となるような人材を送り込んでいます。例えば、資生堂の藤原社長は中国の総経理を経験されています。中国を重要なキャリアのステップとして位置づける企業も増えています。
永松:
日本企業の海外法人における人材の現地化は進んでいるのでしょうか?
是枝:
進んでいると言えます。現地法人のトップである総経理を中国人にしている企業は、10年前と比べてかなり増えました。ただ、ここにはからくりがあります。多くの企業は、KPIとして「現地法人トップの外国人比率」を設定しているため、総経理だけは中国人にしているが、副総経理や役員クラスは日本人のままというケースが多く見られます。「人材の現地化」は進んでいますが、「権限の現地化」は進んでいないのが現状です。
永松:
権限が現地に移譲されていない場合、どのような問題が起きるのでしょうか?
是枝:
製造業の例ですが、品質基準に関する権限が日本本社に集中しているため、現地法人が新製品を開発しても、その申請が日本本社での審査に何カ月もかかることがあります。このように、現地法人の迅速な対応が妨げられるケースが多いです。
永松:
その場合、現地でのガバナンスの効かせ方に課題がありそうですね。
是枝:
はい。どこまで任せて、どこからは任せないのか。それに合わせて、どこまでは監視して、どこからは監視の目を緩めるのか。この辺りのさじ加減は非常に難しいポイントです。しかし、国内の子会社管理規定をそのまま海外子会社にも適用している例があったり、生産子会社だったころの決裁規定をそのまま残してほとんど決裁権限がない状態に留めてしまっていたり等、ちぐはぐな印象を受けることは多々あります。これに加えて、現地企業との合弁企業になると、更に問題は複雑化します。持分比率や現地の法規制に応じたガバナンスの設計が不十分な企業も多いと感じます。
永松:
ガバナンスのルールを日本国内の基準で持ち込んでも、現地には合わないことが多いですね。
是枝:
その通りです。特に中国の場合、ビジネス環境が急速に変化しているため、ガバナンスのアップデートが欠かせません。子会社管理規定のような基本的なところから現地の状況に合っていないことも珍しくなく、企業は改めて実態から把握し直す必要があります。
永松:
どの辺に気を付けるべきでしょうか。
是枝:
特に人事制度、報酬制度、ガバナンスとITが「放ったらかし」になっている傾向がありますね。
■成熟市場における新たな市場戦略の必要性
永松:
中国市場のように成熟期に入った市場における企業の対策として、何がありますか?
是枝:
新たな市場を開拓することが必要です。中国では既存市場での競争が激化しているため、新規市場・ニッチ市場を狙ったビジネス展開が鍵になります。経営企画スタッフやマーケティングスタッフ等、企画系スタッフを補強し、提案力や問題解決能力を高めることが重要です。また、それらのスタッフが動きやすくなるように、人事制度面も変えて行く必要があるでしょう。
永松:
制度変更を行う際、現地社員が主導するのが良いのでしょうか?それともコンサルタントのような第三者が関与した方が良いのでしょうか?
是枝:
コンサルタントを使わずにできるのが理想ですが、実際は、第三者が居た方がスムーズに進む場面も多いと感じています。例えば給与体系の問題に関して、日本は今やアジアでもかなり給与水準が低い地域になっており、中国始め現地で優秀なスタッフを採用しようとすると、日本本社や駐在員スタッフの給与水準を越えることも珍しくありません。それを冷静に許容できるかどうか。また、ジョブディスクリプションが明確になったジョブ型人事制度への移行が必要になった場合、それは現地人スタッフと駐在員、そして本社で異なる意見が生まれるでしょう。ましてや現地に権限を更に委譲する必要があれば、なおさらです。そのような場合、コンサルタントのような行司役が必要だと思います。
永松:
日本企業はカスタマイズするのが強みだとよく言われます。ただ、それが通用するとは限りません。以前、ある製造業様とお話をしていたときも、中国では現地で汎用品を作って売る方が、日本製品を輸入して販売するよりも競争力があるという結論に至り、日本のビジネスモデルが通用しないという悩みを持っていました。
是枝:
確かに、これまではそうだったと思います。しかし、現在の中国市場は成熟してきており、汎用品での競争をしていた企業は供給過剰に直面しています。まさに過去の日本と同様、昔は汎用品が中心だったのが、カスタマイズが求められる時代になりました。中国でもその流れが来ている一方、現地にはカスタマイズができる人材が不足しています。日本企業が得意とする研究開発機能は依然として日本国内にあり、中国やアジア各国現地ではあったとしても脆弱な場合が多いです。今こそ日本企業が本格的に攻め込むチャンスが来ていると思いますが、体制が整っていません。
永松:
もし10年後や20年後に同じような状況が再び訪れるとわかっているなら、今から何か行動を起こせる気がします。
是枝:
私もそう思います。日本企業はこれまでたくさんの試行錯誤をしてきました。現在の中国が見ている世界は、日本人が失われた20年、30年の中で経験したことと同じです。それなのに、このままいくと日本企業は再び中国で同じ失敗を繰り返す可能性も小さくありません。やはり安易に価格を下げてはいけませんし、価格を下げるなら、それに見合った戦略が必要です。また、どのようにすれば高付加価値を提供できるのかを考えるべきです。日本国内でもそうであったように、中国国内でも、単に多角化を進めるだけでは、投資を回収できません。全てが日本のバブル崩壊後と同じとは言いませんが、改めて、往時を振り返った上で中国事業に向き合ってみることが、求められているのかもしれません。
聞き手:アクティベーションストラテジー㈱
代表取締役社長 マネージングディレクター / CEO 永松正大