実務としての経済学|第1回 経済学から見たプライシング
株式会社エコノミクスデザイン
今井 誠(中央)
代表取締役・共同創業者。金融機関を経て、株式会社アイディーユー(現 日本アセットマーケティング株式会社)にて不動産オークションに黎明期から従事。その後、不動産ファンドを経て独立。2018年株式会社ディアブル代表取締役、株式会社デューデリ&ディール取締役に就任し、不動産オークションでの経済学実装に取り組む。さらなる経済学のビジネス実装に挑むべく、株式会社エコノミクスデザインを創業。
安田洋祐(左)
共同創業者・プリンシパル。大阪大学大学院経済学研究科教授。米国プリンストン大学へ留学しPh.D(経済学)を取得。政策研究大学院大学准教授を経て、2014年より現職。専門はゲーム理論、産業組織論。国際的な経済学術誌に論文を多数発表。学術研究の傍らマスメディアを通した情報発信や政府での委員活動に取り組んでいる。
第1回 経済学から見たプライシング
堀井:
ポストコロナや世界紛争等の影響を受け、物流コストの増大、材料の高騰などビジネスは厳しい局面に突入しています。多くの企業では複雑な課題に直面しており、我々経営コンサルタントも日々課題解決に向けて苦心しています。そこで、これからのビジネス課題の解決について考えていきたいと思います。よろしくお願いします。
安田:
よろしくお願いします。私たち㈱エコノミクスデザインでは様々な経済学をビジネスに取り入れていく活動をしています。今回はプライシング、値引き戦略、レーティングなどを事例にお話ししていきたいと思います。
今井:
そして経済学を取り入れる上での課題や上手に進めるためのポイントについてもお話ししていきたいと思います。
堀井:
先日、製造業の純利益が20%増というニュースがありました。様々な要因があると思うのですが1つに値上げが功を奏していると書かれていました。ただ、私がクライアントとお話ししていると値上げ対策が上手く出来ていない企業も多いと感じています。
安田:
そうですね。値上げも含めたプライシングは事業戦略の中でも重要な位置付けになるのですが、困っている企業も多いと思います。ではここで、1つ問題をみてみましょう。
堀井:
長期的に捉えると値上げすることで利益は確保されますから、企業の体力があれば値上げするのではないでしょうか?
安田:
おおっ、なるほど。実は、経営者のみなさんにこの質問をすると、多くの方が「値上げはしない」とお答えになります。10%値上げして販売数が20%減少すると、売上も880万円に減ってしまう。これを懸念されるようです。元々の1,000万円上から12%も売上が落ちることになりますから、このファーストリアクションはある意味正しいですね。
堀井:
そうですね。
安田:
では、利益面ではどうでしょうか。企業としてはやはり利益が重要となります。利益を考える場合、色々な状況があると思いますが、例えばこの商品のコストが80%、つまり1個当たり8,000円コストがかかっていると仮定してみましょう。値上げ前は1個販売するごとに2,000円の利益が出ていました。値上げをすると11,000円で販売するので利益は3,000円になります。ですので、値上げ前は2,000円掛ける1,000個でトータル200万円だった利益が、値上げで販売数が800個に減っても、3,000円掛ける800個で240万円になります。売上げ自体は12%減るのですが、利益は20%も増えるわけですね。こういった考え方はあまり理解されていません。もちろん、この例題は各条件を単純化させていますが、そんなに荒唐無稽な話ではないと思います。
堀井:
そうですよね。
安田:
何が言いたいかというと、今お話しした数値例は単純なストーリーではありますが、値上げってひょっとしたら利益改善につながるかもしれない、と皆さんに理解していただく必要があるということです。
堀井:
営業部門では売上重視の傾向が強いですよね。
安田:
営業担当でコストについて把握している人は非常に少ないですね。なぜなら営業部門にとって評価指標は販売数量や売上であることがほとんどだからです。ですから営業の人たちに値上げといった価格戦略を提案させようとすると、反発を招きやすい。
堀井:
確かに、現場は嫌がりますね。
安田:
でも、これからはそうではないことを社内に浸透させることが必要です。確かに値上げをすることで販売数が減るかもしれません。でも、利益増となっているのであれば適切な値上げであるというマインドに変えていかなければいけません。逆に言うと、営業も含めて全社が納得した上でプライシングを見直すことができれば、過酷な値下げ要求や価格競争などに苦しまずに利益確保できることに繋がる可能性が広がります。
堀井:
なるほど。
安田:
では、次に先ほどの数値例に戻って、10%値上げしても利益が出る1個当たりのコストは幾らになるか分かりますか?
堀井 :
う~ん、どうでしょう。すぐには計算できないですね。
安田:
コストが幾らまでなら、値上げしても儲かるかという話ですね。コストが高くなればなるほど、つまり1万円に近づけば近づくほど、利益に対する値上げの占める割合が増え、値上げがより魅力的になってきます。
堀井:
解説お願いします(笑)
安田:
例えば、コストが9,000円の場合、10,000円で販売していたときは1個当たりの利益は1,000円ですが、11,000円に値上げすると利益は2,000円で2倍になります。販売数が20%減ったとしても利益は100万円から160万円に増えます。このように、コストが10,000円に近づくほど値上げが利益に及ぼすプラスの貢献度は高くなります。逆に、コストが下がると値上げのリターンは減ります。これ、どこかでブレークイーブンなるのですが、幾らぐらいか分かりますか?
堀井 :
いや、すぐには分からないですね(笑) 多分これは営業も分からないと思います。
安田:
営業だけじゃなく、CEO含めて誰も分かっていないと思います(笑)。簡単な計算で、実は6,000円がブレークイーブンとなります(このとき、値上げ前も後も、どちらも利益は総額400万円で等しくなります)。コストが6,000円以上であれば先ほどの条件、つまり10%の値上げで20%販売数が減る状況でも利益は増えます。ただ、売価10,000円でコスト6,000円というのはあまり考えられません。実際はもっと高いと思います。ということは、先ほどの計算例から何がわかるかというと、10%値上げして20%販売数が減るということは大きな打撃を受ける印象がありますが、自信を持って値上げした方がいいと言えるのです。
堀井:
なるほど。
安田:
もちろん、モノではなくコトを売るサービス業になってくると話は違います。極端な話、一部のSaaSのように最初のサービス開発だけに投資コストがかかり、その後はほぼ限界費用ゼロでソフトウェアを提供できるのであれば「売上=追加的な利益」となるので、その場合は先ほどの状況だと利益も減ることになります。ただ、事業会社で製品を販売しているようなケースは、おおむね10%の値上げで20%販売数が減るような状況であれば問題が無いことが分かりますね。これが20%だったらOKだとか、30%になったらどうなるかとか、条件が変わってくれば当然その状況に応じて価格設定も変わってきますが、全般的に値上げが利益増に繋がるという状況は日本においてはまだまだ多いと思います。重要なことは、こういった視点をもとにプライシングを検討している企業がどれくらいあるか、ということです。単純な計算式でも、需要を適切に推計して利潤を計算するという作業を重ねていくと、利益につながるプライシングが見えてくるのです。
堀井:
私は多くの企業に対してコンサルティングをしていますが、営業マンの評価指標は売上ですからコストについてはほとんど見ていません。プライシングを最初に考えるべき商品企画部門やマーケティング部門、それからCEOやCOOといった全社的に見ている経営陣も安田先生が述べた捉え方をしている方々は非常に少ないです。プライシングの検討を真剣に取り組める人材がいる企業は少ないでしょう。全社的に横断している部門でプライシングもできる立場の人がいると利益に繋がると思いますが、現場を見ているとなかなか難しいと感じます。
今井:
確かに現場レベルで話をするのは難しいかもしれませんね。ただ、私たちがいま、取り組みをしている企業の経営企画部や経営陣の方々の理解度は高くなってきていると感じています。
堀井:
どのようなところでそうお感じになりますか?
今井:
特に大手企業はコストプッシュインフレのタイミングでどのように儲けなくてはいけないかと考え始めています。先ほどの原価の考え方を社内で徹底理解させようとしている企業は明らかに増えています。
堀井:
なるほど。この先進的な企業のCEOクラスの人だとキャッシュフローについて細かく観察しているのでプライスの重要性を把握していると思いますが、どうしても営業責任者だと理解できていないですね。カンパニー制で事業部門全体を管理している場合は理解しているのでしょうが、会社の組織の体系によっては構造上理解できない仕組みになっているのではないかと感じています。
安田:
そうですね。そして「何を見るか」も重要です。利益を「売上-総費用総」という概念だけで考えてしまうと、先ほどの価格戦略は導き難いです。どういうことかというと、コストについては例えば物流や生産部門で減らそうとします。もう一方の営業部門では、売上をどのように増やすかをメインに考えるので、冒頭の10%値上げして20%売上減というのはまずいわけです。「売上-総費用」という式だけで見ていると、企業にとって望ましい価格戦略には辿り着けません。
堀井:
どうしたらよいでしょう?
安田:
「式を変える」ことです。先ほど私が説明した1個当たり幾ら儲かるか、販売数がどれぐらい売れるか、というその2つの掛け算というように考えるだけで劇的にその組織としての意思決定を変えることができます。「売上-総費用」という単純な引き算から、「(価格-費用)×販売数量」という計算式に変えてしまうのです。価格を上げれば1個売れたときの利ざやが増え、プラスになります。半面、価格を上げれば上げるほど販売数量が減り、こちらはマイナスの影響となります。プラスとマイナスのトレードオフでどこを追求するのが一番儲かるかという話で、従来のコスト削減と販売拡大をそれぞれの部門で頑張りましょうという発想ではなく、式を書き換えた上で、価格を変えたときに良い面と悪い面がありそのトレードオフについて企業全体を見渡して判断する。これが真の戦略と言えます。
堀井 :
なるほど。
安田:
その判断をするためにはマインドセットを変えていただいた上で、物流部門や営業部門などを見渡して、広告費なども含めた全体の費用を考慮した上で、最後重要なKPIである利益をどういうチャンネルで増やすかを見極める。これこそが、企業戦略には欠かせません。このトレードオフ志向というか、最適化するポイントについて経営陣の皆さんが考えることはとても重要だと思います。
堀井:
経営戦略や営業戦略にとって、プライシングは重要な要素です。実際は製品ポートフォリオの上で計算する事になるかと思いますが、その場合でも価格を対象とした多変数の最適化問題と考えれば、経済学が応用できますね。
今井:
そうですね、これからは学知をビジネスに活かすことがますます求められてくると思います。
堀井:
ビジネスに経済学を活かす・・・面白いですね!次回は値引き戦略について取り上げていきたいと思います。
(聞き手:アクティベーションストラテジー㈱ 関西オフィスリード 堀井 史)
株式会社エコノミクスデザイン
「経済学のビジネス活用」を促進するため、2020年6月に創業。経済学を用いたコンサルティングを提供。毎週木曜日に【武器としての経済学】をテーマにオンライン講義「ナイトスクール」を開講。