実務としての経済学|第3回 レーティングの手法開発とその可能性

株式会社エコノミクスデザイン

今井 誠(中央)
代表取締役・共同創業者。金融機関を経て、株式会社アイディーユー(現 日本アセットマーケティング株式会社)にて不動産オークションに黎明期から従事。その後、不動産ファンドを経て独立。2018年株式会社ディアブル代表取締役、株式会社デューデリ&ディール取締役に就任し、不動産オークションでの経済学実装に取り組む。さらなる経済学のビジネス実装に挑むべく、株式会社エコノミクスデザインを創業。

安田洋祐(左)
共同創業者・プリンシパル。大阪大学大学院経済学研究科教授。米国プリンストン大学へ留学しPh.D(経済学)を取得。政策研究大学院大学准教授を経て、2014年より現職。専門はゲーム理論、産業組織論。国際的な経済学術誌に論文を多数発表。学術研究の傍らマスメディアを通した情報発信や政府での委員活動に取り組んでいる。

第3回 レーティングの手法開発とその可能性

堀井:
エコノミクスデザイン様ではレーティングに関しても研究されていて、実装に向けて取り組まれていますよね。実はレーティングもお話を伺いたいテーマでした。レビューサイトで総合評価が4.1となっていても、実際には投稿した人によって3.0だったり2.3だったりと評価が個人の価値観に左右されていて、いざ参考にしようと思っても判断が難しいことがあります。このレーティングに経済学は関係しているのでしょうか。

安田:
レーティングにも経済学の知見が活用されています。

堀井:
やはり。経済学のどの部分が関連しているのでしょうか。

安田:
一見、関係の無さそうな選挙・投票の理論が評価値を決める際に使われています。「社会選択理論(Social choice theory)」と言われているもので、多くの参加者の意見を集約する「集団的意思決定(Collective decision-making)」を深堀した学問の1つです。

堀井:
エコノミクスデザインの坂井氏の専門ですよね。

安田:
ええ、そうです。これまで全くビジネスに活用されていませんでしたが、多くの人が持っている意見の集約と商品やサービスの評価の構造は同じであると坂井氏が気付いたのです。

今井 :
例えば、Aさんはいつも5点の評価が多いのに4点を付けるとそれは普段よりとても低い評価をしたと言えます。一方、普段は1~3点と低めに評価をしているBさんが4点とした場合、非常に高い評価を付けたと言えます。点数は同じ4点ですが意味合いは大きく異なります。

堀井:
確かにそうですね。

安田 :
総合評価を導き出す際に集めた個々の意見・評価の違いを入力値から判断できる場合もあれば、質問方法によって結果に影響を与える場合もあり、レーティングを作る段階での設計思想が非常に重要な要素となります。ですので、より信憑性の高い結果を出すためには「社会選択理論」の知見を活用して組み立てていく必要があります。

堀井:
どのように組み立てるのでしょうか。

安田:
設問の作り方や平均値の算出方法など理論的に知られている手法がいくつもあります。それらをクライアントの課題に合った学知を用いて集計方法を設定して提案します。学知に関しては検証済みですので間違っているということはありません。ポイントとなるのはその学知をどれぐらいレーティング設計に反映させるのかという点です。普遍の真理をいくつか組み合わせて提案をしていくことでやはり腹落ち感が違ってきます。

堀井:
なるほど。

安田:
少し具体的な例えでお話しましょう。家電を評価するときに、評価項目には性質の異なるものが挙げられます。耐久性やデザイン性、機能性、価格・・・いくつもありますよね。そして、それぞれの評価項目ごとの点数を集計します。機能性は4点、デザイン性は5点、耐久性は2点・・・という具合に集計された各評価項目の結果を商品全体の評価値へと集約していきます。

堀井:
よくある評価方法ですね。

安田:
そうですね。ここで問題となるのが集まった評価をどのように計算して全体の評価値に変換するかという点です。各評価項目のウェイトづけをどうするのか、それらを単純に算術平均にしていいのかなど注意すべき点が多くあります。実は、算術平均は評価方法算出には適さないやり方だということが知られています。

堀井:
そうなのですね。

安田:
以前はヒューマン・ディベロップメント・インデックス(HDI*1)でも「長寿」「知識」「人間らしい生活水準」の3項目の算術平均を採用していましたが、ある時から幾何平均に変更されました。なぜ変えたかというと、算術平均はどれか一項目に大きなマイナスがあっても他の項目がプラスであればそれを補ってしまえるからです。例えば一項目5点満点だったときに「4点、4点、4点」であれば平均値は4点になりますが、一項目に2点が含まれる「2点、5点、5点」であっても平均値は4点になります。果たしてこの2つのケースの「平均点4」を同じものとみなしてよいのでしょうか。これが算術平均の問題点なのです。

堀井:
それはちょっと慎重に考える必要がありますね。

安田:
そうですよね。確かに二つの項目で5点満点の高評価かもしれないですが、2点という評価がもし重要な項目であった場合、そもそも商品としては評価に値しない可能性があるわけです。耐久性が2点の家電は、デザイン性や機能性が優れていてもやはり製品としてはダメですよね。そういう発想で評価方法の組み立て方を考えると、評価項目の重要度のウェイトが高くなる場合は、算術平均ではなく幾何平均で計算した方が指標としては優れていると判断すべきなのです。

堀井:
そうですね。飲食店の評価を参考にていますが、時々、あれっ?と違和感を覚えることがあるのですが、それは評価値の算出ロジックが適切ではない可能性があるのかもしれませんね。

安田:
そうかもしれません。例えば、評価として総合点数を3つの要素から出す場合、ユーザーによってウェイトの付け方が違う可能性があるので、事前にどの要素を重視するのか確認したり、これまでの購買履歴や閲覧した商品の属性からウェイト項目の高低傾向を判断したり、二者択一設問を答えてもらうことでウェイトづけを計算することができたりします。このようなユーザーごとのウェイト計算をある程度行うことでおすすめ順位やランキングの精度が変わると思います。同じレビューサイトにアクセスしても、ユーザーによって出てくるランキングが変化するということは案外簡単に実装できるかもしれないですね。

堀井:
是非、やってみたいですね。

安田:
昨今、様々な局面で評価値を定める重要性が高まってきています。社会選択理論や様々なインデックスの作り方の学知を実装したレーティングが生かせると思います。

堀井 :
どのデータに基づいてパーソナライズされたデータとするかというところから設計も必要になると思います。面白い取り組みになりそうですね。

今井 :
エコノミクスデザインでは、先ほどの例として挙げられた家電の分野でレーティングの実装に取り組んでいます。

堀井 :
家電の評価ですか!

今井 :
はい、株式会社マイベスト様と一緒に取り組んでいます。家電は家族構成やライフスタイルによって適した製品が異なるカテゴリであり、消費者ニーズやターゲット属性に合わせて大きさや使い勝手、機能などが違うのに、従来の算術平均で評価付けして良いのかという点が課題となっていました。そこで、まず何パターンかにウェイトを配分し、今はセミパーソナライズレベルで実装しています。

堀井:
なるほど。レーティングは広義では評価ですから商品やサービスだけでなく、例えば進学の際に必要な内申書も正しくレーティングされればもっと変わりそうですね。他にも活用できるシーンはありそうですね。

安田:
企業での人事評価でも活用できると思います。そこまで丁寧な評価をつけている企業はまだ日本には多くないかもしれないですが、360度評価などを取り入れている企業では収集した様々なデータを最終的にどう使って評価しているのか気になります。学校の成績も含め人に関する評価にもレーティングの知見を活かしていくべきだと思います。

堀井 :
学知の活用範囲が広がりますね!

(聞き手:アクティベーションストラテジー㈱ 関西オフィスリード 堀井 史

*1) 人間開発指数(HDI:HumanDevelopment Index) は、各国の人間開発の度合いを測る新たなものさしとして発表された包括的な経済社会指標で、 HDIは各国の達成度を「長寿」「知識」「人間らしい生活水準」の3つの分野について測っている。

株式会社エコノミクスデザイン

「経済学のビジネス活用」を促進するため、2020年6月に創業。経済学を用いたコンサルティングを提供。毎週木曜日に【武器としての経済学】をテーマにオンライン講義「ナイトスクール」を開講。