実務としての経済学|第4回 データ活用の取り組みにおける課題
株式会社エコノミクスデザイン
今井 誠(中央)
代表取締役・共同創業者。金融機関を経て、株式会社アイディーユー(現 日本アセットマーケティング株式会社)にて不動産オークションに黎明期から従事。その後、不動産ファンドを経て独立。2018年株式会社ディアブル代表取締役、株式会社デューデリ&ディール取締役に就任し、不動産オークションでの経済学実装に取り組む。さらなる経済学のビジネス実装に挑むべく、株式会社エコノミクスデザインを創業。
安田洋祐(左)
共同創業者・プリンシパル。大阪大学大学院経済学研究科教授。米国プリンストン大学へ留学しPh.D(経済学)を取得。政策研究大学院大学准教授を経て、2014年より現職。専門はゲーム理論、産業組織論。国際的な経済学術誌に論文を多数発表。学術研究の傍らマスメディアを通した情報発信や政府での委員活動に取り組んでいる。
堀井:
これまでの3回で経済学のプライシング、価格戦略、レーティングのビジネス活用について考えてきましたが、学知を活かす際の課題はありますか?
今井:
学知を活用する際に様々な分析を行います。データ蓄積量が分析の信頼性に繋がるので、どれだけデータが蓄積されているかが重要になります。企業としてデータを蓄積してこなかったとか、スタートアップ企業で創業してからまだ時間が経っていないという場合、データ蓄積が少ないため難しい部分があると言えますね。
安田:
また、データの取得・整理から分析結果を出すまでに一定の時間とコストが発生しますし、必ずしもプラスの結果に繋がると断言できません。ですので、規模の小さい企業にとって負担になるケースが考えられるということが挙げられます。ただ、小さい企業の方がトップダウンで行動に移しやすいなどのメリットもありますので、状況を見ながら最適な学知の活用方法を考えたいですね。
堀井:
なるほど。データ分析の段階において、データサイエンティストとEDIのように経済学を研究されているチームとの違いはあるのでしょうか。
今井:
データサイエンティストでも分析はできると思います。ただ、弊社は先端研究の分析手法を知っていますし、状況に応じて適した方法を導入できることが強みだと思います。
学知を知っているだけでなく、学知を使った結果・・・成功例や失敗例、データの組み合わせパターンや上手く出来なかった理由など圧倒的な経験値があります。ですので、導入するときに極力失敗パターンを排除して進められるので、ゴールが近いです。分析ができるだけでもダメですし、理論だけを知っていても通用しません。
安田:
昨今、データサイエンスやデータサイエンティストという言葉が様々な文脈で使われていますが、その使われ方・内容が統一されていないことが多いですね。データサイエンスと言うと、例えば機械学習と経済学で統計的な経済分析を行う計量経済学の2つがあるのですが、両者の違いは分かりますか?
堀井:
機械学習は過去のデータを集めて分析しますから、過去から導き出すことは得意なのではないでしょうか。
安田:
そうですね。ビジネスの世界で言うと、過去からずっと行われている慣習と蓄積されてきたデータがあります。ビジネスを取り巻く環境が大きく変わらない場合、機械学習を用いたダイナミックプライシングにより時間と場所に応じて価格設定の分析ができますし、大きく外すことはありません。
しかしながら、これまでとは異なるマーケット・・・例えば海外でビジネスを展開するというような場合、過去のデータ蓄積が無いですから機械学習では的外れな分析結果を出してくる可能性が非常に高くなります。そういったリスクを経済学や計量経済学の手法を使って軽減することができます。
堀井:
なるほど。
安田:
過去のデータが無い新しいビジネスを行う場合、アンケート調査の設計や試験販売のデータ取得方法、試験販売の結果データを基にした価格設定、販売する商品のラインナップの検討といったことが必要になってきます。これらを、経済学の知見を使ってきちんとデザインすることが重要です。
堀井:
経済学のスペシャリストを上手に活用している事例や企業はありますか。
安田:
やはりAmazonですね。ITプラットフォーマーの中でもAmazonが異質なのはデータ分析の専門家、先ほどの計量経済学のエキスパートで博士号を持った若い研究者を100~200人くらい採用し、各部署に配属している点です。専門家集団を中央の分析部門にまとめるのではなく各部署に配属させて、それぞれが独立にデータを収集、検証しビジネスを行っているのが特徴です。
堀井:
さすがですね、Amazon。
安田:
Amazonでunlimitedのサービスがありますが、これもどういうキャンペーンをやれば歩留まりが高いかなど日々実験をしています。しかし、さすがにAmazonと同じことを大半の企業はできないでしょうから、我々が最初からお手伝いできればと思います。
今井:
日本企業ではサイバーエージェントやSansanなどが研究者チームを擁して現場と伴奏しながら結果を出していますね。小規模でもポイントを絞って取り組みをするケースも増えてくるのではないでしょうか。
堀井:
しかし、なかなか新しいことへの取り組みは社内で進まないのではないでしょうか。
安田:
おっしゃる通りです。短期的に結果や成果がイメージしやすい取り組みは着手しやすく、長期的でイメージが難しいことは避ける傾向にあります。今回お話している経済学という学知をビジネスに用いていくことは後者に分類されます。
堀井:
そうですよね。
安田:
事業の方向転換や付加価値を高めていく重要性は理解できても、具体的にイメージができないために失敗するのではないか、問題が起きるのではないかと心理的ハードルが高くなってしまいます。でも、手をこまねいているとコスト削減にも限界があり、価格競争に巻き込まれるという負のスパイラルに陥ります。ですので、経営者がビジョンを明確にし、いかに長期的な取り組みをイメージしやすく落とし込んでいくことができるか。これが重要になってくるのだと思います。
聞き手:アクティベーションストラテジー㈱ 関西オフィスリード 堀井 史)
「経済学のビジネス活用」を促進するため、2020年6月に創業。経済学を用いたコンサルティングを提供。毎週木曜日に【武器としての経済学】をテーマにオンライン講義「ナイトスクール」を開講。